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ひとつの発見(その三)

~ 自然金塊の魅力 ~

世界最大の金塊は長さ1メートル

1980年頃、オーストラリアの牧場内から世界歴史上最大と思われる、巨大な自然の金塊が発見された。その長さはおよそ1メートルほどもあり、大人がようやく抱え上げることのできる重さであった。このニュースは日本でもテレビで紹介された。筆者は偶然その番組を見ることができたが、その時の印象は強烈で、上の絵はその記憶をもとに描いたものである。一目でわかるが、その形状は山芋そっくりなのである。

中国で発見された金塊はソフトボール大

1990年頃、中国でも大きな自然の金塊が発見された。これは日本では毎日グラフというグラビア雑誌の表紙を飾った。これも筆者が直接眼にしたが、少し溶けたようなドロッとした光沢があった。

フランスでも金塊

フランス西部の都市アンジェで発見された、19世紀末以降仏本土では最大の天然の金塊。散歩中の男性が金塊を見つけたのは約1年前で、慎重に鑑定後、最近収集家に高額で売却された。金額は明らかにされていない。

(2007年11月18日:時事通信)

藤五郎も金塊を発見していた(1)

昭和56年に金沢市教育委員会が収集した藤五郎に関する口承伝説の中に、藤五郎が土の中から1寸7分(5センチ程度)の、黄金の仏像を掘り出した、というものがある。黄金像はその後、伏見寺に寄贈されたという。自然の金塊なら、仏像のように見えたかもしれない。なお通説では、鋳造した仏像を藤五郎が伏見寺に寄贈したことになっている。

藤五郎も金塊を発見していた(2)

寺町台地の奥に「三小牛山」(みつこうじやま)という丘があって、現在は北陸学院短大や自衛隊の訓練地がある。その地名由来にも藤五郎が登場し「越登賀三州志」に書かれている。 ある年の除夜の夢に三頭の牛が現われ、目覚めると藤五郎の家の前に、と銀、それから鉄の塊があった、というものである。この三小牛伝説はご当地もので、いわゆる炭焼き長者伝説とは独立した伝承と思われる。

小立野台地で金塊が発見された可能性

小立野台地は浅野川と犀川が上流から土砂を運んでできたものである。犀川の上流域では現在なお砂金が微量ながら採取できるので、ずっと昔、小立野台地の土砂の中にいくらかの大きさの自然金が埋っていたとしても、不思議ではないだろう。

愚か者の黄金

ところで自然金と見誤りやすい鉱石に黄銅鉱がある。金鉱石と一見したところ似てはいるが、輝きがずっと鈍い。鉱石図鑑によれば、「愚か者の黄金」との別名があるとのこと。「芋掘り=田舎者、愚鈍な者」との奇妙な符合に驚く。
*藤五郎が金洗いの沢で洗ったものは、金塊ではなかったろうか?

参考文献
「金城霊澤碑文の解説」(昭和39年:津田鉄外喜発行)
「金沢の昔話・民話」(昭和56年:金沢市教育委員会編)
「加賀・能登の文芸-古典編-」(昭和60年:三弥井書店刊)
「日本の民話400選」(昭和61年:金園社刊)
「伝説芋掘り藤五郎」(平成元年:本光他雅雄著/北國新聞社)
「加賀・能登の古典文学」(平成6年:能登印刷出版部)
「金沢市史」その他、多数あり